
フラメンコとは、フラメンコギターとは?
フラメンコの歴史やその形式等については、数々の専門書ゆずるとして、長くフラメンコにたずさわっている私のフラメンコに対する私見を述べてみたいと思います。
フラメンコギターというと パコ・デ・ルシアや、 マノロ・サンルーカル、巨匠サビーカス等に代表される華麗なる演奏を思い浮かべる諸子は多いでしょうが、彼らとて一朝一夕にしてその境地に達したわけではない。そこにはフラメンコギター奏者として越えなければならない巨大なフラメンコの壁というか、山がいくつも存在している。その壁とはカンテ伴奏であったり、バイレ伴奏であったり、創作力であったり、生きる為の知恵等と数限り無いものである。
しかし、フラメンコギター本来の目的はカンテの伴奏や、バイレの伴奏が主であり(現在でも形は変っても同じである)ソロ・ギターの分野はフラメンコ全体の中では大して重要な地位を占めていない。なぜならそれがフラメンコであるか無いかは人によって如何様にも解釈できるからである。それに対してカンテやバイレ伴奏の世界は常に相手との真剣勝負であり、そこにはフラメンコに対する豊富な知識(カンテやバイレ)や経験を常に求められるし、それに答えなければならない。経験の浅いギタリストにはそれは望むべくもない。そこにギタリストと トカオールの違いがある。
日本人が文化も言葉も違うフラメンコをやるからには、スペイン人以上に真摯に取り組まなければならない。上べだけのはったりや、かっこ良さだけを求めてもそれはフラメンコにならない、わけの分からないものになってしまう可能性さえある。なぜなら、フラメンコは大山脈と同じで、その頂上を極める事はたとえスペイン人といえども才能と努力無しでは出来る事ではない。じっくりと、常に「フラメンコとは何か」を自分に問いただして努力して行けば、いつしか自分の世界を創る事が出来るかも知れないし、出来ないかも知れない。なぜならば、この世界は奥が深いばかりでなく才能がものを言う世界であるからだ。フラメンコギターの巨匠 サビーカスの言葉を借りて言えば、「カンテ伴奏20年、バイレ伴奏20年やって初めてフラメンコ・ギターのソロは可能になる。」と言っているが、まあ、これはプロの世界での話しだが真実を言っていると思う。
しかし趣味として楽しむにはいくらでも方法はあるし、一生楽しめる程、深い世界であるから、そんなに必死になる事もないでしょう。フラメンコは、あなたの一生の友とするに足るものであると信じます。
最後に、フラメンコ・ダンサー、 アドリアン・ガリア公演を主催した時のプログラムの彼のことばを書いておきます。
"El tiempo es efimero, la vida es una gota de agua. Naci Flamenco. morire Flamenco.."
(訳)「 時間ははかなく、人生はまるで一滴の水のよう。フラメンコに生まれ、フラメンコに死す。」
文章:山田美治
2004年5月